なぜ、イタリアが蘇ったのか。その原因は何か。(1)味わいや快適さといった、ひと味違うモノを作る技術をもつ人々が多い。真似のできない付加価値の徹底を追求した企業が多い。(2)一級品を生むための匠とも言うべき独特のネットワークが存在する。これはわが国のファッションとは全く異る構造である。自分で素材調達、自分で企画、自分で販売するという独特のネットワークが存在する。芸術の領域に近い品質の追求は第一級の匠たちを次から次へと生み出している。この匠たちを動かすネットワークのまとめ役をしているのがオルガナイザーである。オルガナイザーは、各工程ごとに最もふさわしい企業を選んで仕事を発注し、消費者の嗜好を満足させる質の高い商品を市場にスピーディーに送り出す。工程別の専門メーカーとオルガナイザー企業との関係は、日本の系列のような親子の関係ではない。製品の種類によって最も優れた専門メーカーを使うという方式である。しかし、品質が悪かったり、コストが高いとすぐに取引中止である。それだけに最先端の技術とコスト競争力をもった企業としか取引しない。
急成長を続けてきたユニクロ(ファーストリテイリング)はもう成長が望めないのだろうか。これまで飛ぶ鳥すら落す勢いだったユニクロが、二〇〇二年二月中間決算では、経常利益が前年同期比三五・六%減、四〇一億円と大幅な減収減益である。もうユニクロは限界なのか。二〇〇一年二月期の中間決算では経常利益が六二三億と前年同期比二・四倍だったのだ。これは、独自商品を安く提供できる体制をいち早く整えたことで幅広い消費者の支持を獲得し、販売が急速に拡大したことを如実に示すものだ。八月の本決算でも経常利益は一〇四〇億円に達し小売業第二位に躍進する見通しになる、というものだった。それまでは、デフレ経済下でどの小売業も苦戦するなかで「独り勝ち」を呈しているという見方が強かった。
スーツスタイルでもいっこうに構わず、大切なことは、休日の前に自由な気分を味わうことである。仕事に就くべき、精神性ないしは思想の問題なのだ。日本は、それをカジュアル(ウェア)フライデイとして理解したのだ。カジュアルという単体の言葉が、正確に定着していなかったためだ。「金曜日は、カジュアルウェアを身につけようよ」ではなく、「金曜日ぐらいは気楽で自由にやろうよ」なのである。もっと具体的に述べるなら、「明日は休みじゃないか。月曜日から働きづめだ。せめて休みの前ぐらいは、気楽な気分で働こうよ。(そのための)気ままに働ける服にしようじゃないか」とでもなろうか。カジュアルという言葉に秘められた思想が理解できなければ、カジュアルウェアの本義など分かるわけはない。だから、日本では一律のゴルフスタイルになってしまうのだ。カジュアルは、アメリカが生んだひとつの思想で、カジュアルウェアとは、その思想のことをいう。